プロフィール

「進藤かねひこ」とは?

<名前の由来>

 「金日子」と書いて「かねひこ」と読みます。父が命名しました。父によると、子供の誕生前に雷が鳴ると「金」をつけるとの言い伝えを守り、七夕生まれなので「彦」をと考えたが、「金彦」では両方の字が「剛」と「剛」であり、人に迷惑をかけてはいけないと、「日子」にしたとのことです。農家にとって重要なお日様の「日」と位の高い「子」によったと。因みに親戚にも「日子」のつく立派な方がおられ、その方々にあやかったのが実情だと思います。

<農業との関わり>

 自分なりに父母の手伝いを一生懸命しました。自宅は茅葺の「曲り家」で小学3年まで馬と一緒でした。圃場整備を契機に馬に代わり牛がやってきました。島根県から遥々我が家にきてくれ、子牛を沢山生んでくれました。冬に父は出稼ぎをしていた時期もありましたが、親戚や近所の方々、牛、犬、猫たちと楽しく生活しました。父は、後に町議会議員を3期務めましたが、現場主義の実直な姿勢は、今でも尊敬しています。
 昨年、父は亡くなりましたが、議会の一般質問を私と一緒に議論しながら几帳面な文字で書き上げる姿が目に浮かぶと背筋が伸びます。
 小学から中学にかけて県営圃場整備事業が行われ、明治生まれの厳格な祖父が換地委員長を務め、無事終了しました。圃場整備により故郷は大変住みよくなりました。

<家族構成>

妻、長男(社会人)、長女(高校1年生) 愛犬ルリー

<趣 味>

読書、旅行、野球観戦

生い立ち

<生まれと幼少時代>

 昭和38年7月7日、秋田県協和町(現大仙市)船岡に農家の次男として生まれました。兄弟は4人(長姉、次姉(夭折)、兄)の末っ子です。
幼少時代は、やや病気がちでしたが野山を駆け回ったり、川で泳いだりと普通の田舎の子供でした。ただ何故か地域の消防訓練が大好きで、父の後ろを追って訓練には皆勤でした。

<小学時代>

 昭和45年4月、協和町立船岡小学校(現大仙市立協和小学校)に入学。高学年で野球をはじめ、児童会長としての活動も行いました。5年生の時の創立100周年記念行事も貴重な体験でした。
 約3Kmの道を徒歩で通学。猛吹雪の中の通学は本当に辛かったですが、「いつか吹雪は止む、必ず雪は溶けて春が来る」という自然の摂理に気づいたことが、今の粘り強い根性の素地になっているかもしれません。
 幼少時代から消防ポンプを格納する小屋の前の除雪作業を日課としており、小学4年の時に町長から表彰されました。地域の方々に褒められたのが正直、嬉しかったです。

<中学時代>

 昭和51年4月、協和町立協和中学校(現大仙市立協和中学校)に入学。3年間野球漬けでしたが、3年時に生徒会長として初の文化祭を開催しました。
 冬を除いて毎日、約8Km自転車通学。帰宅し入浴するのが「ニュースセンター9時」が終わる頃でした。根性重視の時代でしたが、走力をはじめ基礎体力が備わりました。3年時に秋田県の第44回全県野球大会で優勝し、小さな町が応援で一体となり、地域の結束にスポーツが果たす役割を身に染みて感じました。

<高校時代>

 昭和54年4月、私立秋田経済大学附属高校(現明桜高校)に入学。寮生活を始めました。一応、勉学を志し、クラブに所属しませんでしたが、野球、柔道、駅伝、レスリングなど全国トップクラスの仲間たちと一緒に過ごしたことは、貴重な体験でした。特筆すべきは、3年時に野球部が甲子園に春夏とも初出場を果たし、春はベスト8まで進んだことです。
 高校2,3年には、「原子力の日・記念作文コンクール」に応募し、2年連続で最優秀賞に選ばれました。当時の中川一郎・科学技術庁長官から賞状を授与され「真実一路」と記された色紙をいただいたことは忘れがたい思い出になりました。

<大学時代>

 昭和57年4月、岩手大学農学部農業土木学科に入学。下宿生活を始めました。下宿が盛岡市内の八百屋さんで本当に貴重な経験を積みました。野球が忘れられずに準硬式野球部に入り、東北地区総体で2連覇したのも忘れ難い思い出です。
  素晴らしい環境下で学生生活を謳歌しましたが、居酒屋の店員、家庭教師、高校野球・プロ野球のスコアラーと多くのバイト経験が大きな財産となりました。
 3年時には、東海農政局御浜開拓建設事業所(三重県御浜町)で実習し、職員の皆様の真摯な姿に感動して、農林水産省への就職を強く決意しました。

農林水産省入省後の主な経歴

昭和 61 農林水産省入省
昭和 62 九州農政局上場農業水利事業所(佐賀県唐津市)  →上場地区のかんがい施設の整備(赤坂ダム)
平成 同局南九州地域開発調査事務所(宮崎県都城市)  →西諸地区、尾鈴地区の調査・計画作成
平成 構造改善局地域計画課計画調整室調整係長  →第4次土地改良長期計画の策定
平成 同局設計課企画係長  →農業農村整備事業予算・制度の総括を担当
平成 在チリ日本国大使館二等書記官
平成 同一等書記官  →日本・チリ間の経済技術協力、農林水産政策を担当
平成 10 北陸農政局日野川用水農業水利事業所調査設計課長(福井県武生市(現 越前市))
→福井県丹南地域のかんがい施設の整備(桝谷ダム、八乙女頭首工、パイプライン等)
平成 13 日本農業土木総合研究所主任研究員  →土地改良事業の地域開発効果等の調査研究
平成 15 農村振興局水利整備課課長補佐(補助事業班担当)  →補助かんがい排水事業総括、小水力発電を担当
平成 16 農村振興局設計課課長補佐(企画班担当)  →農業農村整備事業予算・制度の総括を担当
平成 18 熊本県農林水産部農村計画・技術管理課長  →熊本県の農業農村整備全般の総括を担当
平成 21 関東農政局設計課長  →関東農政局管内の農業農村整備全般の総括を担当
平成 23 日本水土総合研究所企画研究部長  →農業・農村振興全般の調査研究
平成 25 農村振興局設計課海外土地改良技術室長  →かんがい排水技術の海外技術協力を担当
平成 25 同局設計課首席農業土木専門官  →農業土木技術・技術者育成の総括を担当
平成 26 12 同局中山間地域振興課長   →中山間地域政策全般、日本型直接支払制度の企画、中山間地域等直接支払制度、山村振興法等を所管
平成 27 農林水産省辞職